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卒業生紹介

時計で切り拓く、ぼくらの未来

The Future is in Our Hands

専門学校ヒコ・みづのジュエリーカレッジを経て、晴れて社会人として働き出した卒業生たち。
「時計」というキーワードで、自分たちの未来を開拓していく卒業生4人に話を聞きました。

小宮 健太さん

小宮 健太さん

ブライトリング・ジャパン株式会社

幼いころからのあこがれを仕事に

『ブライトリング』が好きだから、というのが一番の入社理由です。高校生の頃から雑誌などで見て、メカニカルなデザインや、精巧なつくりに魅力を感じていました。この会社が求人を出していることを知って、ダメもとで書類を送ってアプローチしたんですよ。メーカーで修理に携わる者として、「このメーカーの時計が好きだ!」という気持ちは非常に大切だと思います。好きであれば、常に情熱を持って修理できますし、それが修理のクオリティーの高さにつながりますから。
ブライトリングでのメンテナンス業務は、ウォッチメーカー(ムーブメントのメンテナンスを行う者)、ケースメーカー(外装のメンテナンスを行う者)、ポリッシャー(外装の研磨を行う者)に分かれ、それぞれが専門職としてクオリティの高い作業が求められます。修理の内容も、調整や部品の交換、オーバーホールなどさまざま。お客様が直接来店して、点検やブレスレット洗浄を依頼されることもあり、できる限りその場ですぐに対応しています。そのほかにも、ブライトリングでは毎月第2土曜日に「時計修理技術者によるメンテナンスアドバイス」というイベントを設けていますので、お客様から直接、時計についての相談を受ける機会があります。ブライトリングを愛してくれるお客様とのお話ができるのは楽しいですね。

ブライトリング・ジャパン株式会社
1884年創業のスイスの時計メーカー。コックピットクロックや、クロノグラフなど、パイロットのための時計を1世紀以上にわたって開発し続けてきた。1915年に世界にさきがけてプッシュボタンを備えた腕時計クロノグラフを完成。日本には各地の正規販売店のほか、東京と大阪にメンテナンス拠点「スタジオ・ブライトリング」を持つ。
矢羽田 圭子さん

矢羽田 圭子さん

株式会社 ウオッチラボ

ウォッチメーカーとして
あっというの10年

「長く続けられ、ステップアップしていける仕事」として、技術職を目指しました。成長するためには、まず現場に出るような会社をと思い、就職活動中にウオッチラボを知り、「ここしかない!」と熱望しました。ヒコに入った当初は機会に疎かった私ですが、就職して、あっという間に10年目に入りました。当社にはヒコのOBも多く、先輩たちに助けられてここまで来ることができました。日々の仕事の内容は大きく変わりませんが、キャリアを重ねていくうちに、その中でも新しい発見があり、積み重ねの大切さを感じます。今の目標は、会社の役に立てることと、自分のやりたいことのバランスを考えつつ、今より技術力を上げて頼られる技術者になることです。これからも、この仕事をずっと続けていきたいと思います。

株式会社 ウオッチラボ
1993年創業。心斎橋近くに本社を構える時計修理専門会社。ウォッチメーカー部門とポリッシュ部門の分業制をとっており、技術者だけでも30名近くを擁する。
長谷川 大輔さん

長谷川 大輔さん

株式会社 ケアーズ

未知の技との出会いを、
日々堪能できる仕事

動かなくなったまま眠っていた時計。手を尽くして修理した結果、時を刻み始めた瞬間には、ものすごい達成感があります。「これは全部自分がやった仕事の成果だ!」って。当然、アンティークですから、新品同様に仕上げるのは不可能な部分もあります。でも、アンティークならではの風合いも魅力のひとつ。丁寧に清掃して、ステキな仕上がりにしたいと思って作業しています。僕たちが扱うのは、年代もメーカーも異なるさまざまな時計。これから一生この仕事を続けていっても、たぶん、すべての時計に触れることなんてできないですよね。でも、だからこそ、毎日が新しい時計との出会い。そう思うと、とてもワクワクします。

株式会社 ケアーズ
取り扱う時計はアンティークのみというスペシャルショップ。日本初のレディース専門店である「表参道ヒルズ店」や、メンズ専門の本店(東京・森下)には、希少モデルも多数。2013年4月に「東京ミッドタウン店」もオープン。
野村 晶雄さん

野村 晶雄さん

株式会社 ウォッチ・ホスピタル

「また修理を依頼したい」
そう思われる仕事を目指して

 勤務する12人の時計修理技術者全員がヒコ出身という時計修理専門会社「ウォッチ・ホスピタル」。そこで技術部長を務める野村さんは、大手修理専門会社、外資系時計メーカーなどでキャリアを積んだベテランウォッチメーカーだ。今となっては大所帯の技術センターだが、野村さんがウォッチ・ホスピタル入社時、技術者は2名だけだったという。「当時はめちゃくちゃ忙しかったですね。それこそ夜も帰れないくらい無我夢中で働きました。その甲斐あって今では技術者も増え、店舗も2店舗増えました。4~5年で大きく成長していく会社を、肌身で感じることができたのは大きな喜びです」
 修理する時計の割り振りも野村さんの大事な仕事。技術者の経験や技量に合わせて割り振っていくのだが、その技術者を現場でどう育てていくかを念頭に置いて行っているという。「技術レベルは11人全員違いますからね。次のレベルにステップアップさせるにはどの作業をやらせればよいかを常に考えています」。全員が志を持って仕事に臨めるように仕事内容だけでなく、快適な職場環境作りなどにも気を配っているという。
 野村さんが時計の仕事に就こうと考えたのは大学生のとき。もともと手先が器用だったので、手の仕事がしたいと思ったのがきっかけ。「モノを売るというのではなく、自分の技術力で職人として働くという世界に魅力を感じました。形見の品など、取り扱う際はとてもプレッシャーだったりしますが、やり遂げてお客様に喜んでもらえるととても嬉しいですし、やりがいがありますね」
 お客様に「またウォッチ・ホスピタルに修理を依頼したい」と思ってもらえるよう、誠実に仕事に取り組むことが大事と話す野村さん。会社成長の所以を、真摯に仕事に臨むその姿勢に見ることができた。 

株式会社 ウォッチ・ホスピタル
2007年設立。メーカーで受けることのできない修理も対応するなど、幅の広い修理受付に定評がある時計修理専門会社。神田、八重洲口など都内に4店舗を展開。