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体験入学日程一覧

在校生紹介

平野 亮輔

東京校:ウォッチメーカーマスターコース 2年

平野 亮輔さん(富山県出身・20歳)

やりたいことはなにか?
結論は「時計を学ぶこと」でした

工業系高校に進学し、漠然と就職を考えていた平野さんの気持ちを動かしたのは、先輩の言葉だった。「『自分は進学か就職か迷って就職を選んだけど、ちょっと後悔している。平野は後悔しないように、よく考えた方がいいよ』と言われました。それまでは就職が当たり前の進路と考えていたのですが、自分でちゃんと考えようと思ったんです」
高校ではものづくり同好会に所属。毎年出場しているロボットグランプリで8年連続の優勝という輝かしい記録を持っている会の部長を務めた。主に取り組んだのが「からくり」の製作で、旋盤が得意な平野さんは部品製作を担当。「いざ自分のやりたいことってなんだろう? と考えたら、やはり部活でも取り組んでいる『からくり』の分野かなと思って。そこから調べていって時計まで行き着きました」
入学して2年、自分の好きなことを学んでいるせいか、あっという間に時間が過ぎて行ったと平野さんは言う。「高校では工作機械で作業することが多かったのですが、今は手を使った作業がほとんど。それがたまらなく面白いです。そして時計は調整をすればするほどしっかりと動いてくれる。本当に理論どおりなところも面白いですね」
2016年には若手技術者の競技会である「技能五輪全国大会」に出場。「まだ授業で習っていないことにチャレンジしたりと大変でしたが、とてもよい経験ができました。今回の経験をいかして次回はさらによい結果を出したいです」。熱い気持ちを語る平野さんが目標を実現する日は近いだろう。

佐藤 翠

東京校:ウォッチメーカーコース 1年

佐藤 翠さん(東京都出身・30歳)

あきらめたくない夢
それが時計でした

佐藤さんが時計に興味を持ったのは、アンティーク時計を扱う雑貨屋で働いていたとき。「シンプルなアンティークのロレックスを若い女性が購入されたんですが、その方が付けた途端、とても輝いて見えて…。時計ってすごく素敵なアイテムだなと思って。それから時計を学ぶ学校を探してヒコを見つけました」
入学の意思はすぐに固まった佐藤さんだが、その後2年半、学費を貯めるために2つの時計店にアルバイトで勤務したという。「2年半は長かったですが、時計店での仕事自体が楽しかったし、ヒコの在校生もアルバイト先にいて、いろいろ話を聞かせてもらっていたので、モチベーションが下がることはなかったです。むしろ早く学びたい!という気持ちが高まりました」と語る佐藤さん。大学時代は警察官を目指していたが、体調を崩しあきらめざるを得なかったという経験を持つ彼女。「次に進む道を探していた時に出会ったのが時計でした。ハマり具合が他と違う、全く興味が失せなかったんです。やっと見つけた夢中になれることだったので、あきらめたくありませんでした」
入学後は充実した日々を過ごしているという佐藤さん。「クラスメイトは『友達』というより『仲間』ですね。いろいろな年代、経歴の人がいますが、『時計を学ぶ』という同じ共通意識を持っているので、意見も言いやすいです。変に気を使わない、とても学びやすい雰囲気だと思います」。長い準備期間を経て手に入れた学生生活。一人前に成長していく彼女のこれからが楽しみだ。

小林 昌博

東京校:ウォッチメーカーマスターコース 3年

小林 昌博さん(千葉県出身・29歳)

いつか自分の時計を
つくることが目標です

「時計に興味があるというよりも、中の機械に興味があった」と話す小林さんは、大学で機械工学を学び、機械加工の企業に4年間勤務していた。ヒコを知ったきっかけは新聞で見つけた独立時計師の菊野氏の記事。「時計を一から自分で作る、こんな世界があるんだ!」と驚き、興味を持ったのだそう。
ものづくりがしたくて工業系大学に進んだものの、実際は想像と大きく違っていた。「機械を使ってバリバリ工作しながら学んでいくのかと思っていたのですが全く違いました。どちらかというと研究に近く、座学がメイン。旋盤での作業も、決められたものを決められた手順で製作するしかなかったんです。なので実際にものづくりに触れたのは働き始めてからでした」。ただ実際働き始めてからも、何の、どの部分に使われるか分からないような部品をつくる毎日。そんな単調な日々ゆえに独立時計師 菊野氏の活躍が刺激的だったのだ。
そして会社を辞めてヒコへの再進学を選択する。大きな決断だったが、迷いよりもチャレンジしたい! という気持ちの方が勝っていた。「歯車やゼンマイといった部品はいたって単純。その単純な部品が複雑に組み合わさって一つの時計が完成している。一つひとつのパーツに意味があり機能しているのを目の当たりにしたときは、ものすごく感動的でした」限りある授業時間で、課題が終わらないとき焦ってしまうのが今の悩みだという小林さん。「いつか自作の時計を作るその時のために、まずは焦らず丁寧な作業をこころがけて授業に臨みたいと思っています」

柏尾 龍太郎

大阪校:ウォッチメーカーコース 1年

柏尾 龍太郎さん(大阪府出身・20歳)

浪人か、時計の専門学校か
運命を信じてヒコを選択

「大阪校の第一期生を募集していると知って運命的なものを感じました」。柏尾さんがウォッチコースのことを知ったのは、浪人生活が始まろうとしていた時。勉強より向いているものがないかと考えて、興味があった時計について調べていたところ、ネットでヒコを見つけたという。
モノづくりは好きだったが、「時計はとても細かい作業をやる」というイメージに不安があり、まずは体験入学へ。その時「はじめは誰でもできるわけじゃない」という担当講師の一言に後押しされ、入学を決意したという。「不器用でもきっと大丈夫。自分の努力次第だと思いました」
実際、ウォッチコースの実技実習は複雑かつ繊細な作業の連続だ。「いつからかそれが『楽しい』に変わっていました」と柏尾さん。「毎日課題をクリアしながら授業が進んでいくので達成感があるし、時計の不具合が直せて動くとうれしい。もっと時計について幅広く知りたいという気持ちがふくらんでいます。浪人するより、時計を選んで正解だったと自信を持って言えますね」
学ぶ楽しさのほかに、彼の支えになっているのが仲間の存在だ。「時計技術の授業で同じ部品を3~4回失くしたことがあり、明るい性格だと思っていたけどさすがにへこみました。その時、クラスメイトたちの言葉に励まされたんです。頼りになる仲間がいて、恵まれています」。同じ目標を持つ心強い仲間と共に、柏尾さんは時計修理技術者を目指して学び続ける。

篠原 麻里

大阪校:ウォッチメーカーコース 1年

篠原 麻里さん(鹿児島県出身・25歳)

文系の私でもついていけるのは
先生と一期生の仲間のおかげ

外国語大学在学中から、「手に職をつけたいと考えていました」と話す篠原さん。専門学校を探していた時に、目に止まったのがヒコのウォッチコースだった。「おもしろそう!」と思ったものの当時は東京校にしかなく、一度は諦めたという。その後、大学卒業時に大阪校にウォッチコースが開講すると聞いて進学を決意した。
「ブランドも全然知らなかったし、時計の中を触ったのも体験入学の時が初めてだった」というが、学生生活は充実しているという。不安はなかったのかと問うと「私は元々文系だったし知らないことの方が多いのですが、先生がとても分かりやすく説明してくれるので大丈夫でした。ちょっとでも分からないことがあれば、すぐ聞くようにしています」。進路を模索していた時に篠原さんが得た直感は当たったようだ。
「時計って部品のサイズも調整する幅もコンマ何ミリ単位の世界で、不具合の原因を見つけるのがとても難しい。将来どんな職種に就くかはまだ分からないけれど、早く修理箇所を見つけて調整できるよう、作業スピードを上げていく必要があると感じています」
大阪校では第一期生。クラスは仲が良く、結束も固いという。「これからもっと難しい課題に取り組むことになりますが、仲間や先生がいるので心配ないと思います。私が学べる時間は2年。これから就活もあるので、好奇心を持って自分からいろんな情報を手に入れられるようにしていきたいですね」。積極的に学ぶ彼女の成長が期待される。